茨城県ひたちなか市は国内有数のたこ加工生産量を誇ります。そのひたちなか市を代表するたこ加工会社の一つが、1887年創業の老舗、『あ印』です。国内トップを守り続ける秘訣はどこにあるのでしょうか。今回は『あ印』の社長、鯉沼勝久さんにお話を伺いました。
社長インタビュー
――まずは社長に就任されてからどのような思いで事業を展開されてきたかについてお聞かせください。
鯉沼社長:最初は“魚屋”から“食品メーカー”への変革に力を注ぎました。より清潔感を出すために従業員の長靴の色を黒から白に変えたり、はちまきをやめて帽子にするところから取り組みました。その後、関西の蒸しだこが流行り始めたのをきっかけに、我が社独自の「たこのうま味凝縮製法」を開発し、蒸したこを売り出し始めました。他社との差別化を図り、高い質の製品を提供することを念頭にここまで来ています。
――『あ印』のたこは何もつけずに食べても大変おいしかったです。お惣菜に関してはどのような経緯から開発されたのでしょうか。
鯉沼社長:近のスーパーでは魚丸ごと一匹で、つまり「素材そのまま」で売られているのをあまり見なくなったでしょう。売られているのは加工品ばかりですよね。今の消費者は、水産物の素材をそのまま見る機会もなくなってきていて、素材そのものにこだわりがないんです。だからいくら質のよい素材だけを売っても興味を持ってもらえないと思いました。そういった危機感から2015年に新ブランド「海の食堂」を開発しました。我が社の製品に、「美味しい」という価値だけではなく、「簡単、早くて、便利」という新しい価値を加えようという思いもありました。

新惣菜ブランド「海の食堂」の商品(『あ印』HPより抜粋)
――時代とともに変わる消費者のニーズに柔軟に対応されてきたということですね。
鯉沼社長:もちろん、従来のようにたこなどの加工だけをやっていれば負担は少ないかもしれませんが、どんどん新しいことに手を出していかないと、特にこの業界(水産物加工業)では生き残れないんです。業界全体が縮小しているので。
――今後はどのように事業を拡大していく予定でしょうか。
鯉沼社長:これからは我が社がお客様に直接製品を販売するルートを拡大していきたいと思います。具体的には、Amazonや楽天などの通販サイトへの出店に加え、自社のECサイトを作ろうといったことです。そこでは、定期購入のシステムを作ったり、パッケージを他より豪華にしたりと、自社ECサイトでしかできないことを打ち出して、『あ印』のファンを囲いこもうと思います。
ひたちなか市から世界へ

世界地図を側において、『あ印』の世界進出について語る鯉沼社長
――海外に輸出を拡大しようとしたきっかけは何ですか。
鯉沼社長:日本では、コンビニやファミレスなどで、500円あればそこそこ美味しいものが手に入るようになりました。使われている素材の質は気にせず、安ければいい、という考えの方が増えてきたわけです。
日本のこのような状況を受け、値段の高いわが社の製品を国内でのみ売るのにも限界があると思い、海外に輸出し始めました。また、ヨーロッパやアメリカでは近年、日本食がブームになっていたこともあり、その波に乗ろうという考えもありました。1984年に、ごく少量のイカの惣菜をアメリカに輸出し始めましたが、今では億単位で輸出しています。
――海外に輸出するにあたって『あ印』の強みはどんな点にあるとお考えになりますか。
鯉沼社長:たこやいかの素材の味と惣菜の味付けに関して絶対に妥協しないことです。少し値段が高くてもおいしければ、安い中国産にも対抗でき、海外でも売れます。
――いつの時代だろうと、どこに売ろうと、「味へのこだわり」は変えないということですね。今後の海外展開についての展望についてもお聞かせいただけますでしょうか。
鯉沼社長:食に対して「貪欲な国」つまり、「おいしいものを高いお金を払ってでも食べたい」という思いを持ってる人が多い国に対して、輸出を拡大していきたいです。具体的には東南アジアですね。

食堂の掲示物。「お客様には常に美味しくて、身体によいものを届けたい」と鯉沼社長。
ひたちなか市への貢献
――鯉沼社長はひたちなか商工会議所の「タコの街特別委員会」委員長を務められるなど、地域活動にも積極的に参加されているようですね。その意図や目的はありますか?
鯉沼社長:ひたちなか市はたこ加工生産量が日本一です。市内には11社ものたこ加工会社があります。せっかく日本一のものがあるんだったらもっとPRしていきたい。もっと多くの人にたこやこの業界について知ってもらいたいんです。でもこの業界の人たちは、自分たちをアピールすることがあまり得意ではない気がして。だから「世界タコ焼きグランプリ」を開催するなど、先頭にたって、ひたちなかを盛り上げていけたらいいなと思っています。
――先ほどのお話にありましたように、社長は「日本人の食材に対するこだわりのなさ」に相当危機感を抱かれておりますね。次世代に向けて「食育」のような活動はされているのでしょうか。
鯉沼社長:はい。お母さん方を集めて、地元の魚介類を使った料理交流会を定期的に開いています。スーパーで魚丸ごと一匹を買うのは難しいですが、たこやえびならそのままの素材が簡単に手に入ります。たこやえびを使って、実際に素材に触れながら、素材にこだわることの大切さを感じてもらえたらと思います。今はたこやえびを使ったメインディッシュのメニューを開発しています。

『あ印』の入口に掲示してある、タコ料理の写真。Instagramのアカウントでも、タコ料理のメニューが紹介されています。
学生へのメッセージ
鯉沼社長:何か熱い思いを持っている学生です。“思い”がないとお客様に営業ができないので。あとは海外経験が豊富で、様々な事に気がついたり、危機感を常に持っている人に入ってもらいたいです。
日本は安全すぎて、その辺の感覚が鈍りますからね。来年入社する社員はインドネシアで偶然会った日本人の青年ですよ。インドネシアが好きすぎて、ネットで知り合った人の家に泊まらせてもらいながら、インドネシアを飛び回っていた人。そういうちょっと変わっている面白い人がいいですね。
――最後に、『あ印』で働くと得られる能力や経験にはどのようなものがありますか。
鯉沼社長:それはその人次第かもしれないですね。社員の得意なことや特性をきちんと経営側が見極めて、それを伸ばせる役職に社員を配置するようにしています。先ほど申し上げた青年には、インドネシアの事業に関わってもらうつもりです。
――鯉沼社長、貴重なお話ありがとうございました!
『あ印』は、InstagramなどSNSを活用したり、イベントを積極的に開催することもしており、若者に水産物をもっと身近に感じてもらいたいという強い思いも感じられました。
最後に、将来は「国際的に活躍する仕事に就きたい」と考えている、学生の皆さんへ。グローバル展開している企業は大都市にしかないと思っていませんか?地方で暮らすのを諦めなければいけないと思ってませんか?実は地方にも、あなたの夢をかなえられる企業は沢山あります。『あ印』もそのうちのひとつ。海の幸あふれる街、ひたちなかで暮らしながら、世界を相手にビジネスするなんて、素敵ですよね。皆さんの就職先の候補に、『あ印』を入れてみてはいかがでしょうか。
学生の私たちが感じた『あ印』の魅力
①時代と共に変化する消費者のニーズに柔軟に対応
水産加工業というと、何となく「古いまま」というイメージを持っていませんか?『あ印』はそんなイメージを払拭するかのように時代と共に変わる消費者の好みに柔軟に対応し、次々と新しい技術や製品を開発しています。
②ひたちなか市のローカル企業がグローバルに展開!?
『あ印』は日本国内にとどまらず、アメリカやヨーロッパの海外にもお惣菜の輸出をしており、売り上げを伸ばしています。最近では東南アジアにも進出しているそうです。
③ひたちなか市での地域貢献事業にも積極的
鯉沼社長はひたちなか商工会議所の「タコの街特別委員会」委員長を務められるなど、地域活動にも積極的に参加しています。背景には、「日本人の食材へのこだわりのなさ」に対する社長の危機感があるようです。